小説・『ライフ・イズ・ビューティフル』・第四回
父の右手を握り、さする。青い血管が浮き、脂気(あぶらけ)がなく、かさかさに乾いている。
「今、どんな気分だい」
車いすの横に片膝を突き、父の耳に、ぼくは尋ねる。
無論、返事はない。元々、返事を期待してはいない。
施設の職員の方が言っていた。
月に一二度、何かの拍子に、父はひどく荒れるのだ、と。
言語を失ったのどで何かをわめき、かろうじて自由な右半身をばたつかせ、職員の手をわずらわせるのだ、と。
健康状態が変わっても、父は相変わらず、かつてのように内向しているのだろうか。
口の利けない状態で、意識を混沌(こんとん)とさせながら、ますます不如意になった人生を呪っているのだろうか。
父の髪が乱れている。
ぼくは手で、その乱れを直す。
頭髪が薄くなったな、腰がなく生気がない、髪も老いるのだな、と思う。
父の右手をさする。
かさかさに乾いている。
父の耳に、ささやく。
「まだ、生きていたいかい、それとも、もう、死にたいかい」
返事はない。
父の手は乾いている。
今ぼくが父の顔を見に施設を訪れるのは、親孝行なのか、それとも復讐なのか。
麻痺を負う父の姿を見て、いい気味だ、と考えている自分がいないと言いきれるか。
かつて、父は暴君だった。
暴君で、負け犬だった。
| 固定リンク
「連作短編・『もどかしい』シリーズ」カテゴリの記事
- 小説・『風花』・第四回(2008.12.16)
- 小説・『風花』・第三回(2008.12.15)
- 小説・『風花』・第二回(2008.12.14)
- 小説・『風花』・第一回(2008.12.13)
- 小説・『根なし草』・第六回(2008.12.12)


コメント